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あなたは夢の人ですか?

私と出会う10年前に私を夢で見ていたという夫とのおはなし。

京都で。

お久しぶりです。

全然更新もしていなかったのですが、月に1000名以上もお読み頂いてるとHATENAの解析にありました。(誰が読んでるとかはわからなくて、人数のカウントだけされています)ありがとうございます。

 

お読みいただいてるのは、ツイン関係の一般的な言われてる特徴と自分たちを照らし合わせてみたことを書いた記事が一番Access多いようです。検索ワードとしてもそれが多いかな。

 

ガーディアンたちや、ハイアー、いろんなところからあなたたちはツインやよといわれていますが、だからといって、なにかとくべつなことがあるわけでもなく、日常はいたって普通でございます^^あしからず。

 

ひさしぶりに、また書きたくなったので、書いてみます。

本編は途中で、また番外編ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

・・・・・・・・

 

ガーディアンは私たちをサポートもしてくれていますが、少し次元をおろした状態の彼らを感じると、さらに、人に近い過去世の状態で見えたりもします。

 

そんな彼らは、いつかの自分の人生での約束を私たちに叶えて欲しいと思うこともあります。

 

この願いに対して、無意識に叶えてる人や、意識的に叶えてあげてる方、そして、そういったことは自分の人生を生きているわけではないからいらないものととらえる方、もしくは、その願いによってはよくないもの判断されることもありそうなると払ってしまわなければと捉える方もいます。いろいろあります。

 

魂の中には、私たちの世界でいうところの、良いもの、悪いもの、いろんなものが含まれています。それらいろんなものが含まれていて、一つになっています。

 

そして、その魂は、わたしたちがフォーカスする部分によってその見え方は変わります。より宇宙に近い存在にかんじることもあるし、より個に近い存在にもなりえます。

 

そして、見えない世界においては、経験に良い悪いという概念はありません。どれも等しく経験のひとつで、感情もどれも等しくただの感情です。

 

そういったことをふまえ、わたしは、彼らの願いをかなえることに関しては、どっちでもいいと思っています。してもいいし、しなくてもいい。

 

自分の人生において、したいことのサポートもしてくれてる彼ら。そんな彼らのしたいことをするのも別におかしくないと思っています。

目に見えるか見えないかだけの違いで、存在としてはなんらじぶんたちと変わらない彼らなので。しいていえば、チームとか、そんな感覚が強いです。見えるポジション、見えないポジション、立ち位置が違うだけの。

 

肉体のあるなしで、どうしてもこちらの肉体のある世界が優位で特別と思われている感覚が強い昨今ですが、実際にも、彼らにとってもその思いを持つものを多いようで、そのことについては熱く語る方がとてもおおいです。

 

肉体があること、そして、地球は楽しいようですよ。

肉体があり、時が刻まれている。

体は、成長という名の変化を常にしていく。

そして、肉体の時は刻まれなくなる。

 

そのあいだにできることというのは、様々で、何をしても、何を感じても、それらは、キラキラとした思い出になるようです。

 

感情の振れ幅が多いほど、キラキラと刻まれるようです。

振れ幅が大きいほど、記憶には残る。

嬉しい気持ちも、つらい気持ちものこる。

 

ただの経験のひとつのはずのダメージは、やっぱりそれでもダメージはダメージにはかわりなくて。

 

つらい。

 

たくさんの方のガーディアンさんや、過去世を拝見させていただき、今の生き方の話を聞かせていただき、よく思うのは、嬉しい思い出もたくさんあり、辛い思い出もたくさんある中で、割と常に、辛い思い出をベースに生きる設定になっている方が多いのかなと感じています。

 

つらいと感じてはいますが、そうはいうものの、その時の自分のことを嫌いな人はいなさそうです。たまにこじらせてしまっているかたはいますが。

 

そして、それをベースとしている理由は、カルマとかいって、生き方を書き換えたいととか、昇華したいとか、浄化したいとか、そういった一般的にいわれていたような生き方を想像する方がおおいのだろうけど、そのときに感じる感情の揺れ動きを大切に思っていて、楽しみたいからということも、かなりあるのだなということも思うようになりました。

 

やれないこと、できないこと、かなわないことを楽しんでいる人もいる。そんなこときいても、そんなわけないじゃないって思う人が多いだろうし、本当にやりたいんだよ、かなえたいんだよっておもっているわよっておもうかもしれないけど、でも、実際には多いみたい。

 

本当に辛い時を過ごしているときはそんなことは、ほんのつゆほども思えないよとは思うけど、たしかに終わってしまえば、何もかも終わったこと。思い出のひとつなのだよね。

 

ツライには変わらない。

だけど、ツライが悪いわけではない。

 

見えない世界でも、つらいもうれしいもただの経験のひとつ。この世が、パークなのだとしたら、つらい衝撃はきっと行き過ぎたアトラクション・・・感覚なのだろうな・・・と思います。

 

 

(自分がもしこういったパターンをもっているかもって思った方がいましたら、そして、今世は、もうそれをしたくないときは、宇宙やガーディアンさんに、今世はそれらはたのしむつもりがないことを伝えてくださいね。なにもないところからの人生の創造も望めばできます。そういったかけらたちと、一緒に生きようと思えばそれもありです。そして、たいせつなのは、どれを生きても、自分の人生です。)

 

 

今回GWに京都に行ってきました。

旦那さんが子供に聞いたら京都に行きたいといったから。

 

京都でなにをしようか?

去年、その前は、出雲大社や、伊勢神宮など、新しい家族で御呼ばれしたので行ってきました。それぞれの神様にご挨拶でした。もちろん、そればっかりでもおもしろくないので、ちゃんと観光したり、おいしいもの食べたりもしましたよ^^

 

本当は、宇宙からは、来年は長野だよと言われていたのだけど、急きょ、予定が変更。今年は京都になりました。

 

表向き、子供の目当ては刀剣乱舞のゆかりの地めぐり、子供も喜ぶ旅行をしながら、私たちに新たに今年行ってね~と言われたのは二条城でした。

 

その行き過ぎたアトラクションで傷ついた心を癒す旅に連れて行って欲しいという話でした(笑)

 

目的地が二条城なので、江戸時代の話かと思いきや、時代は平安でした。平安京って、二条城らへんが都のあったところだそうです。知らなかったです(笑)そんなわけで、今回は、二条城や、二条城まわりを無駄に徒歩やバスでぐるぐるすることに(笑)一度、乗るバスの方面を間違えて反対周りもしています(笑)つかないので車掌さんに聞いたら遠回りだからと反対車線を進められました(笑)

 

今回、私たち家族に関わるガーディアンたちの人間らしい側面で解放されたがっていた部分は、平安時代のころの人物で、旦那には○○さん、私は□□さんの部分。生まれてから自分たちにそれぞれ色濃く影響がでていた方たちです。ガーディアンさんの人に近い次元の部分は、今世を生きる自分たちにも多少なりとも影響があります。

 

私のガーディアンさんの今世の姿が旦那さんだという話は前に書きましたが、私の中では、その旦那の過去世である○○さんは、私のガーディアンさんの過去世の○○さんでもあります。同じですからね(笑)

 

ですので、旦那さんに会う前には、ガーディアンさんのほうから、その○○さんであった時の想いをたっぷりと聞かせられていました。

 

この平安の時の記憶は、ふたりとも、歴史上に残っているために、しらべようと思ったらなにかしらでてくるので、照らし合わせながら、なるほどなるほどと思うことや、そこってそうだったかしら?とおもうところまでいろいろ。

 

とはいえ、この旅行をするまでは、そういった人生を送ったこともある…名前は、この人で、このころの記憶がとても強いんだなくらいで、他のその方の人生を照らし合わせてみたことはなかったので、今回、この旅行を終えて、改めて、いろんな古い書面などや、それらをまとめた記事を書かれた方のものを見たり、史跡などさがしてみて、はじめていろんな面白いくらいに今世に影響が出てたことが他にもたくさんあったのを知って笑えました。

 

面白かったのは、文武両道で、はまるととことんな○○さんの転生のかけらをもつ旦那さんは、今世でも、(私と出会う前ですが)ボディビルダー部なるものをつくって筋肉を鍛えていた時期もあったり、他にもいろいろ似たようなことをしていたり、似たような思考でいることが多々ありで(笑)ここらへんはあんまり書くと、誰の転生かすぐわかってしまうのであえて書かないでおこうと思いますが、今回の旅行中も、写真とるときに、なぜか、筋肉をアピールする動きを京都での写真ではしていました(笑)この時点では、私も旦那さんも、この○○さんが筋肉を鍛えていたのは知らなかったので、帰ってきてから大爆笑。

 

あと、「この模様が好きだ~~」と散々言っていたとある模様があるのですが、それは、その時代に、○○さんが気に入って作ったものだったそうです(笑)そりゃ、そうかんじるかぁ。。。

 

と、いろいろ。この他にも影響はまだまだあるのですが、そうはいっても、その過去世のかけらは、今の旦那さんを構成するにあたって2%の割合でしかまざっていないそうです。私を構成するにあたってかかわってるその平安女性の□□さんも私の3%ほど。

 

(あ、生まれるときには、いつかの転生の一部をいくつか持ち合わせてセットして出てきます。似たような人生をおくりたいこともあれば、そういった人生を送りたくないからのチャレンジのためにあえてセットしていたり、その転生で培ったスキルをつかいたかったり、そこらへんの事情もその人その人で違いいろいろです。他にもいろんな理由があります。)

 

でもね、今回、□□さんは3%って、そんなに少ないパーセンテージなくせに、わたし、小さいころから、かなり振り回されていたんですよね。小学校のうちから三角関係あじわっていました。小学生のころから、かなりなおとなな思考でしたね。

 

彼女の記憶と、思考が、まだ自分のものと□□さんのものだと境目をもてなかったころは本当に大変でした。彼氏ができたときには、周りの女の人がみんな敵にみえるんです(笑)実際、当時の平安の彼女は、まわりはたしかに、ライバルばかりでした。いた場所自体がそうでしかないうえに、かなりアウェイなところにいました。

 

小学生のころ、高校のころは、記憶と、その思考パターンがおなじ□□さんからきていることをしらなかったので、別のものととらえていたので、よけいさらにしんどかったな。記憶は□□さんのものだとわかっても、思考パターンは自分のものだと思っていたから。

 

いまは、どれがどの感情の時のものというのは判別つくので、そのときのことも、彼女のおかれていた状況、環境、彼を思っていた気持ち、ふまえて、そんな感情にもなるよね、そりゃそうだわって思えるので、落ち着いていられますが。ほかのときでも、そうだし、そうおもえないときも、そうおもうんだ~といった感じで感じています。

 

そんな答え合わせをする帰宅前のまだ旅行中のとき、京都の街をあるいていたときに、とある場所で、右手が、勝手に浄化反応起こりました。特にそうした意図もしていなかったのだけど、浄化するときに起こる反応がいきなり始まってしばらく続いて終わりました。勝手に起こる反応の中では、かなりびっくりするくらいのでかたでした。きっと周りに見える人がいたら、私の右腕から、いろんなモヤモヤやバチバチっとしたものがみえていただろうなと(笑)イラストに描いたら面白そうなやつですね(笑)

 

私の場合、こういった時の大半は、体感のときは、エネルギーが分裂して、消散されていく感覚が感じることが多いです。イメージで見えるときもあります。このときは体感型でした。あ~、このかたの思いは、この部位にたまってあったのだね。この日、右の手のひら、右腕に溜まっていた悲しみと人生の衝撃をしっかりと感じさよならしました。

 

そして、そんな感情たちとさよならして、家に帰った後は、笑い話のような、答え合わせが待っていて、すっきり。

 

旦那さんのほうは、その答え合わせで、いや~~ん、やめて~~というようなちょっとはずかしい思考パターンや癖なんかがそのまま引き継がれているのが発覚して小さくなっていました(笑)

 

あんまり詳しく書けなかったけど、京都での感情の手放しのお話を書いてみました。

 

 

今回、子供の一人が刀剣乱舞にはまってくれたこと、もう一人の子が乗り物に乗れれば大満足だったこと、そういったことが一致して、今回京都に変更になった模様(笑)

 

下の子は、御朱印帳があるおかげで、京都の町を嫌がらずにたのしくあるいてくれました。本当だったら、つかれた~つかれた~ってなってるのに(笑)私たちも、おかげで、知らない神社にご挨拶もできたしね。

 

御朱印帳は、神様とのご縁をつなぐものだそうです。ご挨拶をしたら書いていただきます。文字のデザインなど、神社ごとにちがって、墨文字がまたとても素敵だったりします。したのこは、そのデザインのきれいさにもうっとりしていました。

 

今回はゲームというとっかかりでしたけど、いろんなことが、いろんなことに興味を持てる窓口になって、そして、それが開かれるのは親としてはうれしいなって思います。

 

それにしても見えない世界用意する流れやはからいって本当に未知で、そして懐が広くて深い。

 

旅行中には、上の子が、乗り物に乗れるのはうれしいけど、人ごみなのは嫌だ、自然のあるところに行きたいとごねてすぐいった次の目的地は、GWとは思えないくらいの静かなところで、自然が山盛りでした(笑)もうかなっているし(笑)その時行った先は、旦那さん希望の場所。仕事場の先輩おすすめの庭のあるお寺さんでした。

 

ちなみに、すごい人だったのは、伏見稲荷。藤森神社の同じ路線の駅のそばだったので、よってみたら、大変なことでした。赤色の鳥居をところてんのようにながれてぬけてきましたよ(笑)休日むりっ(笑)

 

そして、その静かな素敵なお庭のお寺の後によったさきは、これまたびっくりでした。歩いて数分離れたところにあります。

以前、私が行ってみたいと宇宙に挙げてあった場所。

誰かの写真でみて、建物の名前もしらなくて、すっかり忘れていたんだけど、自分たちと同じバスに乗ったほかの人たちのほとんどが吸い込まれていった門があって、寄ってみようとよったら、そこでした。迷いの窓と、悟りの窓。まると、しかくのある窓のあるところです。門のところには大きく「ちてんじょう」とかかれていておののきましたけど。はいってみるとさわやかな静かな場所でした。

 

いつのときも、ガーディアンたちって、私たちの話を聞いていて、いいように流れをくんでくれているのだと本当に感謝もしきり。

 

ありがたや、ありがたや。

やね。

 笑

 

お読みくださりありがとうございます^^